「名所江戸百景」浮世絵の歌川広重の挑戦
【GOOD!いちおし】
グッド!モーニング「Good!いちおし」のコーナーで紹介された内容をご紹介しています。
浮世絵の歌川広重 最後の挑戦
江戸の名所や人々の暮らしを独自の視点で描いた歌川広重の晩年の代表作「名所江戸百景」。
その作品には、見る人を驚かせる広重の様々な挑戦が隠されていました。
歌川広重の代表作
「名所江戸百景」に隠された挑戦
江戸の名所や人々の暮らしを独自の視点で描いた浮世絵師・歌川広重。
晩年の代表作として知られるのが「名所江戸百景」です。
現在、東京・渋谷区にある太田記念美術館では、全120点を一挙公開する企画展が開催されています。
今回の「グッド!いちおし」では、浮世絵をもとに江戸の名所を案内してくれ江戸名所博士と呼ばれる上席学芸員の渡邉 晃さんが、広重の集大成ともいえる「名所江戸百景」に隠された挑戦を解説しました。
特に有名なのが「大はしあたけの夕立」です。
激しい雨の中、橋の上を急いで渡る人々が描かれた作品で、斜めに走る雨の線がとても印象的です。
西洋美術では、雨を線で表す表現は珍しかったため、海外の人々にも大きな驚きを与えました。
実際に、この作品は西洋の画家・ゴッホも模写されたといいます。
広重はこの「名所江戸百景」で、ただ江戸の風景を描くだけではなく、見る人を驚かせるさまざまな表現に挑戦していました。
名所江戸百景に隠された 広重の挑戦 ①
革新的な構図
広重の大きな挑戦のひとつが、革新的な構図です。
名所江戸百景には、手前のモチーフを大胆に大きく描き、その奥に風景を見せる作品が多くあります。
これは「近像型構図」と呼ばれる表現です。
それまでの浮世絵では、風景の全体像を見せる描き方が一般的でした。
しかし広重は、あえて手前に大きなモチーフを配置し、その奥に名所をのぞかせるような構図を取り入れました。
当時の浮世絵は、売れなければ途中で打ち切りになることもある厳しい商売の世界でした。
「名所江戸百景」というタイトルからもわかるように、広重は百枚を超える作品を出すことを目指していました。
そのため、見る人を飽きさせないように、構図でも大胆な工夫を重ねたのです。
たとえば、上野の清水観音堂にある「月のまつ」を描いた作品「上野山内月のまつ」では、手前に松を大きく描き、奥には不忍池や加賀藩の屋敷を思わせる景色が見えます。
火消しをしていた広重が加賀藩の火消し「加賀鳶(かがとび)」への憧れから、親しみを込めて描いたのかもと考察する楽しみもあったようです。
現代でいえば、見る人同士が「ここにこんな意味があるのでは」と語り合う考察系コンテンツのような楽しみ方が、すでに江戸時代の浮世絵にもあったのかもしれません。
近像型構図の面白さは、名所だけでなく江戸の暮らしも読み解けるところにあります。
「びくにはし雪中」という作品には「山くじら」という言葉が登場します。
山くじらとは、実はイノシシの肉のことで、江戸時代は仏教の影響もあ、獣肉食はタブーとされていました。
そのため「イノシシではなくくじらだ」と言い換えて食べていたのです。
同じように、うさぎも「ピョンと跳ぶから鳥の仲間」と考え、「一羽、二羽」と数えるようになったという話もあります。
食べたい気持ちと罪悪感の間で、言葉を工夫していた江戸の人々の姿が見えてきます。
また、絵の中には「〇やき」とあるのは焼き芋店の看板も描かれ、そこには「十三里」という文字があります。
実はこれは「栗よりうまい十三里」という当時の人気キャッチコピーです。
「栗」は九里、「より」は四里として、九里+四里=十三里というしゃれになっています。
こうした看板からも、江戸の人々のユーモアや商売の工夫が伝わってきます。
名所江戸百景に隠された 広重の挑戦 ②
新名所の開拓
広重の2つめの挑戦は、新しい名所の開拓です。
江戸時代の目黒は、現在の都会的なイメージとは違い、江戸の郊外にある農村のような場所でした。
当時、浮世絵で描かれる目黒の名所といえば目黒不動尊が有名でした。
徳川家光が建てた豪華な大伽藍が特徴でよく描かれていました。
しかし、広重が「名所江戸百景」で描いた目黒は、目黒不動ではなく、見晴らしのよい風景が中心でした。
広重は、まだ多くの人が名所として意識していなかった場所にも目を向け、「ここも絵になる」「こんな美しい景色がある」と紹介していたのです。
その一つが、目黒の富士塚を描いた作品「目黒元富士」です。
富士塚とは、富士山の溶岩などを使って作られた小さな富士山のようなもので、そこに登ると本物の富士山に登ったのと同じご利益があるとされていました。
広重の絵では、本物の富士山と富士塚が並んで描かれており、見る人に「行ってみたい」と思わせる魅力があります。
名所江戸百景に隠された 広重の挑戦③
定番のアレンジ
広重は、有名な名所を描くときにも、ただ正面からわかりやすく描くだけではありませんでした。
北区にある王子稲荷神社を描いた作品「王子稲荷の社」では、
拝殿は遠くにちらりと見えるだけで、通常なら神社の建物を正面からしっかり描きそうなものですが、広重はあえて引いた視点から、周囲の景色とともに表現しました。
また、浅草の景勝地として知られた真乳山を描いた「真乳山山谷堀夜景」では、名所そのものは奥にぼんやりと見えるだけで、手前には夜道を歩く女性が大きく描かれています。
この辺りには料亭もあり、芸者さんたちが行き来していたと考えられます。
広重は建物だけでなく、その場所に息づく文化や人の気配を描くことで、町の雰囲気を表現していたのです。
「名所江戸百景」ちょっと面白い1枚
歌川広重が間違えた!?
さらに、亀戸天神の太鼓橋を描いた作品「亀戸天神境内」には、初版だけに見られる広重のまさかのミスもあります。
本来、橋の下は向こう側の景色の色にするはずでしたが、池と同じ青色で塗るように間違って指示してしまったそうです。
その後、修正されて出版されたため、この間違いが見られるのは初刷りの作品だけで、太田記念美術館では初刷りを展示していて見ることができます。
「名所江戸百景」は、江戸の風景を記録しただけの作品ではありません。
大胆な構図、考察したくなる仕掛け、新しい名所の発掘、そして江戸の暮らしを感じさせる表現が詰まっています。
広重の絵をじっくり見ていくと、江戸の街を歩いているような楽しさと、時代を超えて伝わる表現の面白さを感じられます。
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