「鷲宮神社」創建不詳 関東最古の大社 多くの神々
【GOOD!いちおし】
グッド!モーニング「Good!いちおし」のコーナーで紹介された内容をご紹介しています。
“関東最古” 「鷲宮神社」多くの神々
“関東最古”とも言われる歴史に、出雲や伊勢につながる神々、そして名だたる武将たちとの関わり。
鷲宮神社には、時代を超えて受け継がれてきた特別な魅力がありました
関東最古ともいわれる鷲宮神社の歴史
今回の「グッド!いちおし」では、埼玉県久喜市にある「鷲宮神社」が紹介されました。
鷲宮神社は、関東最古ともいわれる歴史を持つ神社です。
境内は森を含めておよそ1万坪あり、緑豊かな参道を歩くだけでも、長い時間の流れを感じられます。
鷲宮神社の創建の年代は、あまりにも古すぎてはっきりとはわかっていませんが、境内には「堀内遺跡」と呼ばれる、縄文時代から古墳時代にかけての複合遺跡があります。
ここからは、土偶の脚部や須恵器とかが祭りや祭祀に使われたとされていて、古代から祭祀場であったことがわかることから、関東最古(の大社)といわれる所以です。
出雲につながる神々をまつる鷲宮神社
鷲宮神社の社殿には、本殿、拝殿、そして神崎神社と3つの社があります。
本殿にまつられているのは、天穂日命(あめのほひのみこと)と武夷鳥命(たけひなとりのみこと)です。
そして本殿の後ろにある神崎神社には、大己貴命(おおなむちのみこと)がまつられています。
大己貴命は、大国主命(おおくにぬしのみこと)とも呼ばれ、出雲大社にまつられている神としても知られ、日本の国づくりを行った神様とされています。
一方、天穂日命は天照大神(あまてらすおおみかみ)の子どもにあたる神様です。
日本神話の「国譲り」では、地上の国を治めていた大己貴命に国を譲るよう交渉する役割を担いました。
しかし、天穂日命と、その子である武夷鳥命は、大己貴命の治める国の素晴らしさに心を引かれ、出雲で暮らすことになったといいます。
その後、この親子は出雲から関東へやってきて、鷲宮の地を開拓の拠点としました。
その際、大己貴命をまつったことが鷲宮神社の始まりと伝えられています。
のちに天穂日命と武夷鳥命もまつられるようになり、鷲宮神社は出雲と深いつながりを持つ神社となりました。
伊勢の神・天照大御神もまつる神明神社
鷲宮神社の境内には、森の中にひっそりとたたずむ神社もあります。
参道を進んだ先にあるのが「神明神社」です。
森の中は空気が涼しく、まるで別の空間に入ったような雰囲気があります。
神明神社にまつられているのは、皇室の祖先神とされる天照大御神(あまてらすおおみかみ)です。
天照大御神は、伊勢神宮にまつられている神様としてよく知られています。
鷲宮神社では、出雲の神である大己貴命と、伊勢の神である天照大御神の両方にお参りできるのです。
いつ、どのような理由で神明神社が建てられたのかは記録に残っていませんが、伊勢の神様をこの地でもおまつりしたいという思いがあったのではないかと考えられています。
また、鷲宮神社には日本列島を生んだ夫婦神の一人である伊邪那美命(いざなみのかみ)や、火の神である迦具土神(かぐつちのかみ)、学問の神として知られる菅原道真などもまつられています。
多彩な神々が集まっていることも、鷲宮神社の大きな魅力です。
名だたる武将たちが崇敬した関東鎮護の神
鷲宮神社は、古代から中世、近世にかけて多くの武将たちからも深く信仰されてきました。
第12代景行天皇の時代には、日本武尊(やまとたけるのみこと)が社殿を造営したとも伝えられています。
また、第50代桓武天皇の時代には、征夷大将軍・坂上田村麻呂が武運を祈ったとされています。
その後も、平将門を鎮圧した藤原秀郷、源氏の礎を築いた源義家、源頼朝、源義経、その後も新田義貞、足利義氏など、歴史に名を残す武将たちが武運長久を願ったと伝えられています。
鷲宮神社の社殿は、参道に対して正面ではなく横向きに建てられています。
これは、源頼朝 鎌倉幕府が鷲宮神社を深く崇敬し、鎌倉幕府のある南側を向くように社殿の向きを変えたという説があるそうです。
頼朝以降も多くの武将たちが鷲宮神社を信仰し、奉納や寄進をされたそうです。
南北朝時代の小山義政が奉納した太刀は、現在 国の重要文化財に指定されています。
また、北条氏や足利氏から贈られた書状なども残されています。
江戸時代には、徳川家康から400石の領地が与えられ、その後も歴代将軍の朱印状が残されています。
時代を超えて名だたる人物たちに信仰された背景には、鷲宮の地が利根川水系につながる水陸交通の要衝だったという地理的な理由もあります。
東北に行く際に、ここを通って神様にお参りをして、勝てるように戦勝祈願をすることで、そういうところから東北また関東を治めるために、鷲宮神社を崇敬なされていたと考えられています。
それらから”関東鎮護の神”と言われるようになったそうです。
神楽と酉の市の始まりにも関わる鷲宮神社
そして、鷲宮神社の社殿の向かい側には、「鷲宮催馬楽神楽(わしのみやさいばらかぐら)」を舞うための神楽殿があります。
ここで行われる「鷲宮催馬楽神楽」は歴史が古く、1300年前後に成立した歴史書「吾妻鏡」にも記されています。
神楽とは、神様に対して祝い事や祈りを込めて奉納される歌や舞踊のことです。
鷲宮神社の神楽殿が社殿の正面に建てられているのは、神様に向けて奉納することを何より大切にしているためです。
さらに、鷲宮神社が発祥と言われ全国に広まったというお祭りが「大酉祭」で、全国にある「酉の市」の発祥は、鷲宮神社なのです。
「大酉祭」の名前の由来というのが、①自分のとり分を取るの「とり」が鷲宮の「鷲」と鳥に通じることもあり、また②大きくとるということで大酉となりまたその流れで③濡れ手で粟のわしづかみということで、縁起を担がれて縁起物の「熊手」が出来上がりました。
本来は落ち葉などを集める農具ですが、福をかき集めるという意味があります。
さらに鷲宮神社の名前にちなみ、福を「鷲づかみ」にするという願いも込められています。
この縁起物の「熊手」は、毎年12月の「大酉祭」で売れられています。
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