朝ドラ「ブラッサム」では、珠(石橋静河)と保(金子大地)が北海道・札幌で新しい暮らしを始めます。
その札幌で、珠のモデルとなった宇野千代(うの・ちよ)さんにまつわる「頼母子講(たのもしこう)」のエピソードが描かれます。
今回は宇野千代さんと頼母子講の史実、そしてドラマの珠のネタバレなどについてご紹介します。
目次
北海道で頼母子講を始める珠が描かれる!
頼母子講(たのもしこう)とは?
頼母子講(たのもしこう)とは、昔から日本にある、仲間どうしでお金を融通し合うしくみです。
何人かで「講(こう)」というグループをつくり、決まった日に決まった金額を出し合って、集まったお金を1人がまとめて受け取ります。
受け取る人は、くじ引きや入札で決めます。
これを、グループの全員にお金が行きわたるまでくり返すのが、基本の形です。
たとえば、10人が毎月1万円ずつ出し合うと、毎月10万円が集まります。
その10万円を、くじに当たった1人が受け取る、というイメージです。
まだ銀行が身近ではなかった時代、まとまったお金が必要な人にとって、たよりになるしくみでした。
呼び名は地域によってちがい、関東では「無尽(むじん)」や「無尽講」、関西では「頼母子」「頼母子講」、沖縄では「模合(もあい)」とよばれています。
そのはじまりは奈良時代までさかのぼるともいわれ、鎌倉時代の決まりごとにも記録があるそうです。
江戸時代には、身分や地域を問わず、多くの人が使うお金のしくみとして広まりました。
珠が札幌へわたる大正時代には、無尽をあつかう会社も数多く生まれていて、1915年(大正4年)には、それを取りしまる法律もできています。
じつは頼母子講は、今もなくなったわけではありません。
沖縄や山梨県などでは、親しい仲間や職場の人どうしで続けられていて、飲み会や旅行の積み立てのように、つき合いの場になっていることも多いそうです。
北海道で頼母子講を始める珠が描かれる!
11月5日(木)の第29回から、いよいよ珠と保の札幌での暮らしが始まります。
赤ちゃんを亡くした悲しみから立ち直れずにいた珠のため、保は大学の卒業を待たずに北海道へうつることを決めました。
保は、照子のいとこ・木村正吾(三宅弘城)が勤める銀行で働きはじめます。
朝ドラ #ブラッサム 次週予告🌸
『第6週』11/2(月)〜11/6(金)放送
❝ふたり、北へ❞📱『第5週』の本編とダイジェストはNHK ONEで配信中 pic.twitter.com/R52a2zJJMP
— 朝ドラ「ブラッサム」公式 (@asadora_bk_nhk) October 29, 2026
ガイド本のあらすじによると、札幌に着いた2人を、正吾は広い借家を用意して待っていてくれました。
その晩、正吾の家で、妻の浪江(杉田かおる)が手づくりの夕飯で2人をもてなします。
浪江は、近いうちに近所の人たちに2人を紹介すると話し、頼母子講に入ることを2人に勧めます。
正吾が話してくれたのは、この土地の頼母子講のやり方でした。
近所のみんなで少しずつお金を積み立てて、半年に一度、だれか1人がまとめて受け取るというものです。
この辺りの人たちは、そうやって人とのつながりの中で生きている――。
札幌での暮らしは、そんな土地の輪に入れてもらうところから始まるのです。
「共に希望を叶える仕事だと思っとるんだ」——。
叔父・正吾さんが語るスケールの大きな夢と使命感に、思わず目を輝かせる保さん。
いつもは冷静な保さんの心が躍る瞬間を、珠はしっかりと感じ取りました。📱#ブラッサム はNHK ONEで配信中 pic.twitter.com/LHKKnv76nA
— 朝ドラ「ブラッサム」公式 (@asadora_bk_nhk) November 1, 2026
珠と保の入用を聞き、照子さんが連れてきた頼りになる男性、木村正吾さん(三宅弘城)が登場!
お見送りの時に、皆さんで撮影させていただきました📸📱#ブラッサム はNHK ONEで配信中
石橋静河 金子大地 山田真歩#ブラッサムオフショット pic.twitter.com/cQdbwYZ5c8
— 朝ドラ「ブラッサム」公式 (@asadora_bk_nhk) November 1, 2026
正吾と浪江を演じる三宅弘城さん、杉田かおるさんの出演は、早くから発表されていました。
🔈新たな出演者のお知らせ
🌸木村保の親戚
木村正吾/ #三宅弘城
木村家の親戚。保の母・照子の従兄で、札幌の銀行に勤める実直な人物。/
🗣#ブラッサム の放送は #9月28日スタート
\ pic.twitter.com/NuPcmb1fNJ— 朝ドラ「ブラッサム」公式 (@asadora_bk_nhk) August 20, 2026
🔈新たな出演者のお知らせ
🌸正吾の妻
木村浪江/ #杉田かおる
銀行員である夫・正吾を支える良妻賢母の女性。/
🗣#ブラッサム の放送は #9月28日スタート
\ pic.twitter.com/rN2BIgPsYc— 朝ドラ「ブラッサム」公式 (@asadora_bk_nhk) August 20, 2026
正吾にモデルはいるのか気になる方は、こちらもあわせてどうぞ。
木村正吾のモデルは中津井高助で宇野千代の親戚?
宇野千代も頼母子講をしていた?
では、珠のモデルの宇野千代さんも、頼母子講をしていたのでしょうか。
じつは宇野千代さんも、札幌で暮らしていたころに、頼母子講に入っていました。
ドラマの頼母子講の場面は、宇野千代さんの史実がもとになっていると考えられます。
ただ、頼母子講に入ったきっかけや、そのあとの流れは、ドラマと少しちがいます。
宇野千代さんの頼母子講がどうなったのかは、次の見出しで紹介しますね。
宇野千代 頼母子講で当たり家を購入した史実とは?
夫の銀行勤めで札幌へ
宇野千代さんが札幌で暮らしたのは、2番目の夫・藤村忠(ふじむら・ただし)さんが、北海道拓殖銀行に勤めることになったからです。
1919年(大正8年)の夏に2人は結婚し、千代さんは「藤村千代」になりました。
忠さんが先に北海道へわたり、千代さんがあとを追ったのは、およそ2か月後のことでした。
最初の住まいは、銀行のすぐ近くにあった家の「離れ」を借りたものです。
千代さんが北海道を選んだいきさつは、こちらの記事をご覧ください。
宇野千代は北海道の札幌になぜ行ったのか?史実まとめ
着物の仕立てで評判に
夫が銀行員だったので、札幌での千代さんは、暮らしに困ることはありませんでした。
それでも、働くのが好きな性分は変わりません。
そんな千代さんに、近くに住む男性が、着物を縫う仕事を引き受けてみないかと話を持ってきます。
女学校で裁縫を習っていた千代さんが試しに縫ってみると、そこから注文が次々と入るようになりました。
腕のよさが知れわたり、近所では「仕立屋の姐さん」で通るほどになりました。
ドラマの珠も、札幌で浪江のすすめで仕立ての仕事を始めます。
仕立ての仕事が、頼母子講へつながっていくところも、史実と重なっています。
仕立てのお金で頼母子講に入る
仕立ての仕事をすすめてくれた近所の男性は、次に千代さんへ、こんな話を持ちかけました。
「仕立てでかせいだお金を元手に、頼母子講に入りませんか」
当時の頼母子講は、いわば町の人たちのお金のネットワークのようなものでした。
毎月の寄り合いでお金を出し合い、くじで当たった人が、集まったお金を受け取ります。
ドラマの珠は浪江にすすめられて頼母子講に入りますが、史実の千代さんは、仕立ての仕事を紹介した近所の男性に誘われて入っていたのです。
数か月で頼母子講のくじに当たる
頼母子講に入って数か月後、千代さんはくじに当たりました。
資料では、千代さんの場合は「当たった」というより「当たってしまった」と言ったほうがよいかもしれない、と書かれています。
思いがけず、まとまったお金が転がりこんできたのでしょう。
ドラマの珠が当たりを引くのは、札幌に来てはじめての長い冬のことです。
千代さんは、入ってわずか数か月での当たりでした。
当たったお金で家を購入
頼母子講で手にした大金を使って、千代さんは自分たちの家を買うことにしました。
家選びで力を貸してくれたのは、同じ頼母子講の仲間だった不動産屋さんです。
頼母子講は、お金だけでなく、人とのつながりも運んできてくれたのですね。
千代さんは、引っ越しが多い人生を送りながら、「自分の家を持つこと」には人一倍こだわりのある人でした。
札幌で家を買ったのも、千代さんらしい決断といえそうです。
遠くて古い家を少しずつ直して住む
ただ、手に入れた家は、夫の職場からは離れた場所にあり、建物もかなり傷んでいました。
いまでいう「不良物件」のような家です。
それでも千代さんは、がっかりするどころか、「まずはここに畳を入れよう」と、楽しみながら直し方を考えました。
そうして少しずつ手を入れていくうちに、家はだんだんと住み心地のよい場所になっていったそうです。
家が整ったあと、小説の道へ
家が住みやすくなり、何にも困らない暮らしの中で、千代さんは札幌で初めての冬をむかえようとしていました。
そのころ目にとまったのが、新聞『時事新報』に出ていた懸賞小説の募集です。
ここで書いた『脂粉の顔』が1等に選ばれ、作家・宇野千代が生まれることになるのです。
頼母子講で家を手に入れ、暮らしが落ちついたことが、小説を書くきっかけにもつながっていったのかもしれませんね。
『脂粉の顔』が載った新聞や、そのあとの『中央公論』とのつながりは、こちらの記事でも紹介しています。
首都公論のモデルは文芸雑誌「中央公論」!宇野千代と深いかかわり!
ブラッサム 珠は頼母子講を始めた後どうなる?
ここから先は、第6週から第8週にかけてのネタバレになります。
放送前に結末を知りたくない方は、ここで読むのをやめてくださいね。
仕立て屋が近所で評判に
浪江のすすめで、珠は家で着物の仕立てを始めます。
玄関に「仕立てや繕いものを引き受けます」という貼り紙を出すと、ていねいな仕事ぶりがすぐに評判になりました。
11月6日(金)の第30回では、近所の主婦たちが、毎日のように珠の仕事場に集まるようになります。
人から仕事を頼まれることで、珠は少しずつ元気を取りもどしていきます。
やがて札幌に長い冬がやってきます。
お産をひかえた近所のアキが持ってきたのは、赤ちゃんの肌着に作り直してほしいという浴衣。珠はとくに気持ちをこめて縫い上げました。
頼母子講で千円が当たる
そして冬のある晩、2人に思ってもみない知らせが届きます。
頼母子講のくじに当たり、2人は千円もの大金を受け取ることになったのです。
このあと珠が新聞の懸賞小説で1等を取ったときの賞金が200円なので、千円はその5倍にあたります。
2人にとって、どれほど大きなお金だったかがわかりますね。
この場面は、第6週の最後、11月6日(金)の第30回で描かれると思われます。
悲しみをこえて札幌で生き直す2人に、うれしいごほうびが届く形で、第6週がしめくくられそうです。
「自分たちの家がほしい」家探しを始める
1920年(大正9年)5月。
頼母子講に当たってから3か月がたっても、千円の使いみちはまだ決まっていませんでした。
そんな中、珠が保に切り出したのは「わが家を持ちたい」という願いでした。
この町が気に入ったから、この先もここで暮らしたい。冬はつらくても、家の仕事で保を助けながら、子供を育てたい――珠はそう話します。
珠に気をつかって、子供の話を切り出せずにいた保は大よろこび。
2人は正吾と浪江にも、この土地に根をおろして子供を育てるため、家を買うと伝えます。
正吾に紹介してもらった不動産屋で、2人の家探しが始まりました。
なかなか理想の家は見つかりませんが、これからの暮らしを思いえがくだけで、2人の胸はふくらみます。
助産院で告げられたこと
ところが、浪江から「念のため」とすすめられた助産院で、珠は医者から思いもよらないことを告げられます。
その晩、珠は保に、元気な赤ちゃんが生まれるのはむずかしい体なのだと打ち明けました。
珠は、子供をあきらめなければならないとわかってしまったのです。
もうあんな思いをするのはいやだと泣く珠に、保はそっと寄りそいます。
保もまた、子供をあきらめることを受け入れるしかありませんでした。
珠の妊娠と赤ちゃんとの別れについては、こちらの記事にまとめています。
ブラッサム 珠の妊娠と子供の今後はどうなる?ネタバレとは?
家を買う話は「少しだけ待って」
子供をもつ望みがなくなり、珠は仕立ての仕事にも身が入らなくなってしまいます。
その年の12月、珠は新聞で「時代新報」の新人小説の募集を見つけ、悠樂軒で働いていた日々を思い出しながら、小説を書きはじめました。
こうして書き上げた『脂粉の顔』は、年明けの朝刊で1等に選ばれます。賞金は200円でした。
そんな中、正吾から「家を買う話はどうなった」とたずねられた保は、珠に新しい候補の家を見に行こうと声をかけます。
ところが珠は、少しだけ待ってほしいと保に謝ります。
書きたいという気持ちが、どうしようもなくわいてきてしまったのです。
史実の千代さんは当たってすぐに家を買いましたが、ドラマの珠は、家を買う前に小説の道へ心がうつっていきます。
家を見に行こうと誘う保と、東京へ向かう珠
珠は、昔岩国のことを書いた原稿を書き直し、雑誌『首都公論』の黒崎に送ります。
冬には2作目の『墓を発く』も書き上げ、保といっしょに原稿を郵送しました。
ところが、1922年(大正11年)の春になっても、黒崎からは何の連絡もありません。
返事を気にする珠に、保は「やっぱり忙しいんじゃろう」と言い、「そろそろ家を見に行かないか」と話をかえました。
それでも珠は、黒崎に会って、作品の感想を直接聞きたいと東京行きを願い出ます。
保もついに根負けし、珠をひとり東京へ送り出すことになりました。
今わかっているあらすじは、ここまでで、頼母子講で当たった千円で家を買うのか?わかりません。
頼母子講で手にしたお金と、2人の家の夢がこのあとどうなっていくのか、珠と保のすれちがいとあわせて見守りたいところです。
『首都公論』の編集長・黒崎のモデルについては、こちらもどうぞ。
黒崎大三郎のモデルは滝田樗陰で名物編集長【ブラッサム】
まとめ
朝ドラ「ブラッサム」の頼母子講のエピソードにあわせて、頼母子講のしくみと、宇野千代さんの史実、ドラマのネタバレをご紹介しました。
- 頼母子講は、仲間でお金を出し合い、くじなどで1人がまとめて受け取るしくみ
- ドラマでは、第29回から始まる札幌の暮らしで、浪江にすすめられて頼母子講に入る
- 宇野千代さんも札幌で、仕立ての仕事を紹介した近所の男性に誘われて頼母子講に入っていた
- 千代さんは数か月でくじに当たり、そのお金で古い家を買って、少しずつ直して住んだ
- ドラマの珠と保は第6週の最後に千円を当て、家探しを始めるが、珠が小説を書きはじめ、家の話は先のばしに
史実では暮らしを落ちつかせてくれた頼母子講のお金が、ドラマではどんな形で生かされるのか、これからの放送も楽しみですね。
保のモデルとなった藤村忠さんとの史実は、こちらにまとめています。
宇野千代 2番目の夫は誰?藤村忠との史実まとめ